― 左被殻出血による右半身麻痺・60代男性のケース―
◆「あの日の朝、右半身が抜けた」
5年前、冬のある朝。
会社に向かう準備の途中、トイレで力んだ瞬間、頭の奥に鋭い痛みが走った。
「左の内側で何かが弾けた感じがして、気がついたら右手が便座から外れてました」
右足の感覚もなくなり、力が抜け、言葉も出ない。
すぐに救急搬送され、診断は左被殻出血。
脳の深部、運動・感覚に関わる部位が損傷し、右半身に麻痺が残った。
◆「回復期の半年間が、“心”をつくり直した」
急性期で3ヶ月入院後、回復期リハビリ病院へ。
ベッド上での寝返りから始まり、徐々に起き上がり、立ち上がり、杖で歩く訓練へ。
「靴下が履けなくて、妻に泣かれた時が一番こたえました」
泣いたのは、悔しさ。
でも、それ以上に、日常が“遠い世界のこと”になってしまった現実だった。
それでも──
「今日は3歩進めたね」
「お昼を一緒に食べられるようになったね」
そんな小さな“できた”を積み重ねていく時間が、機能だけでなく感情も回復させていった。
◆「リハビリが止まったあとの“長い孤独”」
半年後、退院し自宅療法。
現在は、週2回リハビリ特化型デイサービスと訪問鍼灸マッサージを利用継続の生活。
だが、後遺症は残る。以前の体とは明らかに違う。
- 杖なしでの歩行は困難
- 右上下肢の痺れ
- 昼間の強い眠気
- 意欲低下、軽度のうつ傾向
- 「何をするのも、めんどくさい」という無力感
「努力が実らない感じが、ずっと心の奥にあるんです。
妻と喋るのも、億劫な日がありました」
機能が一部戻っても、“人生を再開する気持ち”が戻らない。
それが退院後に多くの患者が直面する“第2の壁”である。
◆「希望は、“右手でビールを持ちたい”という一言だった」
ある日の施術中、彼がポツリとつぶやいた。
「右手でビールが飲めたら、妻とまた温泉でも行きたいねぇ」
何気ない言葉。でもそこには、
- 麻痺を受け入れた上での“希望”
- 今も“人生を楽しみたい”という本音
- 妻と共有する未来への“想像力”
が、すべて詰まっていた。
「こうなりたい」が心に宿った瞬間、体も表情も少し変わった。
◆鍼灸が働きかけた、“体”と“気持ち”の結び目
当院では、以下の施術を行っています:
▷ YNSA(山元式新頭鍼療法)
脳機能の調整を目的に、前頭葉や運動野に相当する頭部へ微細な刺激を。
→ 日中の眠気が軽減。意識の持続時間が延びる。
▷ 麻痺側への深層刺鍼と筋膜リリース
過緊張・拘縮の予防と末梢循環の促進。
→ 足指の動きが出てきた。ふらつきが減少。
▷ 表層・体性感覚への鍼通電+皮膚刺激
「感じる」情報の再入力。感覚麻痺と体のつながりを再構築。
→「足の裏を意識しやすくなった」との自己報告。
▷ 自律神経調整の全身施術
内臓の動き、排泄リズム、睡眠リズムの再構築。
→ 睡眠の中途覚醒が減り、「朝起きるのが少し楽に」。
◆メタ認知が変えた、“リハビリの意味”
彼の変化のカギは、ただ機能を回復するだけではなかった。
施術中、私はこう伝えた。
「歩くために頑張るんじゃなくて、旅行に行くために“身体と仲直り”しようか」
すると、彼は言った。
「それなら、またやってみようか。“リハビリ”って言葉、しんどくて」
彼の中で、「義務」だったリハビリが、「目的に向かう準備」に変わった瞬間だった。
◆結論:「あきらめ」と「希望」は、紙一重にある
- 痺れが残っていても
- 杖なしで歩けなくても
- 「もう一度旅に出たい」という想いは消えなかった
そしてその想いが、体を再び前へ進ませ始めている。
鍼灸は、“意志”と“身体”のあいだに、もう一度つながりを作る仕事だと思う。
彼のように、心が再び“目的地”を持てた時、体はもう一度、希望に向かって歩き出す。
※本記事は、実際に当院で支援させていただいた方の体験をもとに構成しています。なお、プライバシー 保護の観点から、一部内容や表現に調整を加えております。あらかじめご了承ください。
ご相談・お問い合わせ
ゆかわ訪問はりきゅうマッサージ
- 住所:札幌市中央区南17条西9丁目2-23-206
- 電話:011-577-1648(営業中は留守録対応)
- メール:info@yukawa-houmon.net
- ホームページ:https://yukawa-houmon.net/
「退院後のリハビリに不安がある」「歩行をもっと安定させたい」など、どうぞお気軽にご相談ください。

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